第4回例会講演要旨

「留学生を招いてのシンポジウム」

2015年3月7日

 

シンポジウムのテーマは「日本に留学して思うこと」。このお世話係は、第1回の時と同じく阪田敦子さんで、彼女が所属している「カーフ(KARF)」(京都ホストファミリー協会、Kyoto Association of Host Families)に登録している4名の留学生を推薦していただいた。

 

 出席した留学生:

 @ 中国    朱 珝恰 (Zhu Yueyi  シュ エイ) 京都大学 交換留学生コース

 A 台湾    鄭 安純 (Cheng Anchun チェン アンチュン) 京都大学 工学部 材料工学

 B 韓国    朴 允姫 (Park Yun Hee  パク ユンヒ) 京都大学 文学研究科心理学専攻

 C オランダ  Peeters Macrlies (ペータース・マリス) 京都精華大学 イラスト科グラフィック・デザイン

 

シンポジウムは中川慶子支部長を進行役として、パネリストの4人にまず、何故留学しようと思ったのか、なぜ京都を選んだのか、何を勉強しようと思ったのか、ということを、おのおの10分ほど話していただいた。休憩をはさんで、現在困っていること、悩んでいることはなにか、日本語についてどう思っているか、今後の目標はなにか、などについても触れていただき、その後、質疑応答、意見交換を行った。

 

@中国の朱さんは、京都大学の交換留学生コース在籍。

私は、京都大学の交換留学生制度に応募して合格し、2014年9月に南京大学から来日しました。私が日本を留学先に選んだのは、ずっと日本文学に関心があったからです。現代文学では川端康成、三島由紀夫、古典では枕草子、源氏物語などを読んでいます。日本文学の中に描かれている人間同士の繊細な感情、自然に対する深い感受性などに関心があります。

 

日本と中国は歴史的に非常に近い関係にあり、色々共通点もありますが、来てみると非常に違っていると感じました。日本に来た時の最初の印象は、日本は清潔で美しいということす。また、京都は歴史的な町で、漢王朝時代の首都、長安のような町だと思いました。古い歴史的な建造物が良く保存されていますが、中国では殆ど壊されています。また日本人が古い伝統を大切にするのにも感心しました。色々な機会に日本人は着物を着ますが、中国ではそんなことはしません。日本料理も少し習っています。器も盛り付け方もとても美しく繊細です。いくつかのところに旅行もしましたが、それぞれの町が清潔で、伝統を大切にしているのが印象に残りました。

 

京都ホストファミリー協会に受け入れてもらえて、ホストファミリーの人たちに親切にしていただいて非常に感謝しています。今一番の問題は日本語が十分にできないことですが、日本人は親切なので、生活にはほとんど困りません。現在交換留学生のクラスでは英語を使っているので、クラスでも日本語が使えるようになりたいと思っています。この夏には南京大学に帰り、4回生の勉強を続け、卒業する予定です。今日本語の勉強のことで頭がいっぱいで、そのあとのことはあまり考えていませんが、このあとも日本文学の勉強を続けたいと思っています。

 

A台湾の鄭さんは大学工学部の出身。現在、京都大学工学部・修士課程1年生。

私は大学を卒業して留学したいと思った時、母が2か月に1度日本に来ていたので、留学先に日本を選びました。2011年に来日して、1年半語学学校に通いました。当時は大阪の西成区に住んでいました。日本人は、そんな危険な所、すぐ変わりなさい、と驚いて忠告してくれましたが、ちっとも危険ではなく、人々はほかの所よりもずっと親切でした。かに専門の料理店「かに道楽」でアルバイトをして、大阪弁もわかるようになりました。

 

その後、工学部出身なので大学院修士課程に入りたいと思い、京大工学部の杉山教室に研究生として入り、4回生の学生と一緒に1年間勉強し、大学院修士課程の試験(日本語)を受け合格しました。今実験しているのは有機デバイス。半導体は全部無機材料のシリコンで作られています。私の研究テーマは、シリコンと有機分子を結合したもので作ったデバイスなので、今後も色々な所で使えます。シリコン半導体はスマートフォン、携帯、テレビなど、電気で動くものに使われています。しかしこれには大きな問題があって、今、携帯とかスマートフォンはだんだん形が小さくなる傾向にありますが、シリコンは無機だから、見えるサイズより絶対に小さくなりません。しかし、もし有機と無機材料が結合すれば、有機材料は分子だから、小さいナノスケールとか、もっと見えない所にも使えます。今週論文を準備して、来週学会で発表する予定です。

 

今工学部では私1人が女性です。工学部の学生はずっと男性ばかりできているから、女性と付きあうのが苦手。研究室の旅行、工場見学などいつも私1人が別のホテルで淋しかったです。しかし今は先生とも先輩ともうまくいくようになり、飲み会にも一緒に行きます。だんだん距離感がなくなり、しんどいけれども良い生活を過ごしています。

 

私の今後のことですが、いま一番悩んでいるのは研究と仕事のことです。修士課程を修了して、奨学金をもらって博士課程に進むか、あるいは企業に勤めるか、です。日本の企業は新卒を採る傾向があり、28歳が限界。私が修士コースを修了すると、27歳。今は就活の時期なので、東芝、日立、三菱電機などグローバルな会社に願書を送っています。そこに入れば、色々な所に行けるし、日本人、外国人などと一緒に仕事ができるのは素晴らしいと思います。(ここで、韓国の朴さんから、「韓国のサムソンも世界的な企業ですよ。台湾にも支店がありますよ」という”提言”があった。)10年くらいは海外で暮らし、40歳、50歳になれば台湾に帰り、台湾料理を食べて、台湾の風土の中で暮らしたいと思います。それだけではなく、留学生としての経験を活かして国に貢献したいと思っています。

 

B韓国の朴さんは、京都大学文学研究科の博士課程2年生。

私の専門は発達心理学です。5年前に京都大学文学研究科の研究生として6か月勉強して、博士課程編入試験を受け合格。2013年9月に再び来日しました。子供の情動理解と母親との関係を研究しています。感情表現に関しては韓国人と日本人とは非常に違います。東北大震災の時、ニュースなどで映像を見ましたが、誰も泣いていない。韓国では大声を出して全身で泣きます。

 

日本語に関しては、皆親切にしてくれるので、あまり困りません。銭湯が大好きなので、良くいきます。行くとおばさんたちが京都弁で話しかけてくれるので、だんだん分かるようになりました。私の趣味は歌で、自分も歌いますが、松田聖子が大好きです。歌舞伎も好きで、市川段十郎、坂東玉三郎などが大好き。この間は段十郎の芝居を観ました。日本人が感情を出す場合、それをためておいて、きれいに程よく出すのに、魅力を感じます。

 

日韓関係についてですが、韓国人は、日本人は韓国が嫌いだと言っていますが、来てみるとまったく違います。周りの人は全部私に親切です。人と人との関係はすごく良いのだけれど、政治になると反韓・反日となる。私は日本財団の奨学金をもらっています。韓国に帰ったら、日韓関係が良くなるための架け橋となりたいと思っています。

 

現在の研究の状況と将来のことですが、京大では博士課程の学生は海外の学術雑誌に3本の論文を載せることが要求されていますので、今はそれで頭が一杯です。博士号を取ったら、したいことはたくさんあります。韓国では乳幼児の研究をしている人が少なく、自閉症とか発達障害のある、臨床的に問題のある子供だけを研究しています。心理学というのはそういう病気だけでなく、ノーマルな人間がどうやって生活しているかを研究する学問なので、その分野の研究がしたくて、京大に来たいと思いました。京大では、「赤ちゃん登録制度」があり、2万人ぐらいが登録しています。生後3カ月から6歳ぐらいまでの子供のお母さんが、私たちが頼めば子供を連れて来て実験に参加してくれます。これは世界的に珍しい手法で、私も自分が教授になったらやりたいと思っています。

 

私の婚約者は相談心理学を専門にしていて、今韓国で公務員として青少年の相談にかかわっています。韓国でも最近はいじめ問題、児童虐待などが増えています。私は彼と協力して民間の乳幼児・青少年相談センター、あるいは発達心理学研究センターを作るか、あるいは、教育者の夢としては、今後医療・心理学知識に対する一般人の要求が増えますから、メディアで医療情報を扱うジャーナリストを養成する機関を作りたいと思います。私はこの5月に彼と結婚しますが、日本での経験を生かして、日韓関係の改善のために何かをしたいという使命を感じています。

 

Cオランダのペータース・マリスさんは、京都精華大学 イラスト科グラフィック・デザイン研究生。

私はオランダでグラフィック・デザインを研究してきました。私は以前はオランダを含めたヨーロッパ、アメリカなどのレベルは高いと思っていました。しかしそれらはすべて同じ源流から出ています。しかし、日本やアジアのデザインは全く違います。日本は、世界のなかでデザインがとても発達している国です。歴史的には中国からの影響、近代ではヨーロッパ、アメリカからの影響を受けながら、全く独自で新しいグラフィック・デザインを作りあげています。しかしそのことの情報がヨーロッパには全く伝わってきていません。それに気づいたので、私は日本に来ました。2009年に4か月間、京都精華大学でグラフィック・デザインを勉強して面白かったので、文科省の奨学金に応募し、合格して、2012年から再び来京し、研究を続けています。

 

皆さんはグラフィック・デザインと聞くと何を連想しますか。おそらく服飾のファッションを想像すると思いますが、グラフィック・デザインは美術工芸以外の分野の生活の中にも存在します。それは文化と深い関係があります。たとえば、名刺。日本ではビジネスで重要なもので、最初に相手に渡します。オランダではそんなことはしません。日本に来て、名刺を含めた日本のデザインの多様さ、独自性に驚きましたが、その情報が全くオランダには伝わっていません。それは何故か。オランダではデザインというと、概念(concept)が大事だと思われています。オランダには Dutch design(オランダ風のデザイン)というのがあり、それはオランダの国としての identity(独自性)を表しているものです。日本の場合、独自で、独創的なグラッフィク・デザインが多いにもかかわらず、外国に伝わっていないのは、それらを概念化して、外に発信していないからだと思います。今は情報がすごく大切なものになってきていますから、どうやって正しく責任をもって、それを発信するか。その問題が面白くなってきたので、私は日本のグラフィック・デザインを勉強して、それらを抽象化・概念化して、Japanese designとはどういうものであるかということを、オランダに帰ってからからも研究をつづけ、発信していきたいと思っています。

 

私は「女性の権利」という題で、外国人のための日本語コンテストに出場して、優勝しました。論文をつくるのには私の友達がたくさん手助けをしてくれました。その中で私は、オランダでは男女差別が少ないと思われているが、そんなことはなく、段々と改善されてはいるが、まだまだ女性の給料は男性のそれより少ないこと、オランダには”Father's Day”と呼ばれる制度があるが、これは40年ほど前から始まったもので、家族でそれぞれ週に1日「父の日」を定めて、その日は父親が一日、子供の世話から家庭全般の世話をする日で、会社からは有給休暇が取れる制度であること、それをみても、男女平等がなかなか実行されていなかったことが分かると思う、ということを話しました。

 

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お茶の時間のあと、質疑応答、意見交換に移ったが、留学生の皆さんがおっしゃっていたのは、日本語の難しさ、特に、敬語の使い方の難しさだった。しかし、中国の朱さん以外は、滞在が長く、生活面ではあまり苦労がないようなお話しだった。

 

それぞれのお国での女性の状況なども興味深かった。中国、オランダなど男女平等と思われている国でも、やはり女性の立場が弱いのがよく分かった。韓国の朴さんのお話しで、朴大統領が御姫様育ちで、女性の問題に全然関心がなく、幼児園の数も減らされているので、最初の女性大統領ということで期待していた女性の支持が段々なくなっていっている、という話はとても興味深かった。

 

今回の留学生のお話しで印象的だったことは、皆さん目的意識をはっきり持っていて、修士課程、あるいは博士課程、などで日本人と互角に研究をしていらっしゃることだった。その水準の高さにも驚いた。マリスさんの研究も興味深かった。日本人が抽象化する能力が弱いということは良く言われているが、ここにも如実に表れているのがなんとも歯がゆい思いがした。特に韓国、台湾のお2人はご自分の留学の経験を生かして、母国と日本の架け橋としての使命を果たしたいとの思いがよく分かった。隣国との関係がぎくしゃくしている今日、このような人たちが1人でも多く増えていってほしいものである。